洋光台・峰さんぽ

案内:カセイジン 編集&写真協力:Toshiko

カセイジン実施日:2017年9月6日(水)&2020年11月17日(火)
集合場所:JR洋光台駅

横浜市磯子区にある、古典落語「強情灸」の舞台にもなった、峰の郷を徘徊しながらの歴史散歩、昼食後は洋光台駅の反対側にある石仏群なども訪ねました。
案内してくれたカセイジンさんは、金沢区富岡在住ですが、洋光台駅はかつてご家族がJRを使うにあたり、毎日のように通ったとてもなじみにある駅で、その周辺にも思い出がたくさん詰まっているそうです。
峰市民の森は山の中を歩いている感じ、住宅地の道は少し分かりにくいので、方向音痴の方は一人では行かないでください。

Toshiko
コース:①JR根岸線「洋光台」駅(矢部野橋) → ②洋光台通り(西側は猿田遺跡があった場所) → ③洋光台石仏群(集め庚申) → ④峰市民の森、山の神休憩所 → ⑤更新橋 → ⑥峰せせらぎ遊歩道 → ⑦峯公園 → ⑧(バス停「峰」) → ⑨SONO牧場→ 山道か道路を行く → ⑩護念寺(峰の灸)・鐘楼  → ⑪見晴らし台へ向かう道(竹林) → ⑫清浄園見晴らし台(同寺の墓地にある展望台)・戻り道 → ⑬戻って、峰白山神社へ向かう → ⑭峰白山神社 → ⑮阿弥陀寺(法然上人像) → ⑯昼食(宴寿司) → ⑰駅反対側へ向かう → ⑱軍茶利明神社と石碑の集まり → ⑲薬王寺 → ①洋光台駅 (所要時間は昼食時間を含めると3時間半~4時間)


地図はクリックすると拡大します。

1. JR根岸線「洋光台」駅

洋光台駅は1970年(昭和45年)に開業した。開業以前の駅周辺は「矢部野(やべの)」という名の小さな農村地区であった。駅の開業と前後して大々的に開発が行われ、現在では横浜や東京への通勤者が生活する住宅密集地の中の駅となった。

開業前の仮称は地名から矢部野駅とされていた。当駅開業後、周辺の地名も洋光台に改称され、現在矢部野という名前は、根岸線の中では当駅港南台寄りの矢部野トンネルにその名を残している。また、根岸線の上に架かる洋光台通りの陸橋も「矢部野橋」という。洋光台という地名は東京湾から昇る朝日に因んでいるといわれる。(2021.1 Wikipediaより)矢部野橋の上から駅を撮る。

洋光台駅の駅前の先に矢部野橋という線路の上の高架橋があり、その名を記したプレートを撮ったつもりだったが、なぜか写っていなかった。矢部野橋の上から線路を臨む。

2. 洋光台通りを南に進む(西側は猿田遺跡があった場所)
3. 洋光台石仏群(庚申塚)へ

洋光台6丁目公園を過ぎる

延宝3年青面金剛があり、山の神石仏群(集め庚申)と言われているそうだ。「洋光台の石仏」http://koktok.web.fc2.com/070sekib_map/sakae/youkoudai.htm より
傍に立つタブノキは横浜市の名木古木指定
4-1. 峰市民の森、山の神休憩所へ向かう
4-2. 山の神休憩所

とても静かなところ、素朴な山の神の社
4-3. 峰市民の森の中を進む

山の中を歩いている感じ
5.更新橋バス停

バスは1時間に1本しかない
6. 峰せせらぎ遊歩道

名前の通りのせせらぎに沿っている遊歩道、あまり長い距離ではない

7. 峯公園

入ってきた所とは反対側に「峯公園」という石の表示があるが、ここは公園というより、石灯籠、石の多重塔や池があり、昔のどこかのお屋敷のお庭のようである。真っ赤な紅葉が美しい。

石の多重塔の近くに見つけた石碑は下のほうが地面に埋まってしまっていて良く分からなかったが、写真を撮って、後でよく見たところ、秋山元吉という方を讃えて、その子供たちが寿像(存命中につくっておく肖像彫刻・肖像画)をつくり、あずまや秋亭に昭和40年に置いたとの内容だった。多分、ここは秋山家の庭園だったのだろうと推察する。

8. 峰バス停

横浜横須賀道路のコンクリートの巨大な橋脚の下をくぐって峰へ。
9. SONO牧場

峰の灸に向かう途中に乳牛が飼われているSONO牧場がある。知らないで入って見ていたら、注意された。「立入禁止」と書かれていた。
そのまま上へ向かうと、狭い山道となる。倒木が多く、難儀するので、少し戻って広い道へ出て登って行くほうが良い。
10. 峰(峯)の灸と護念寺

峯の灸入口へ出る。お灸の施療が受けられる。3年前と比べると看板がかなり汚れている。

ここで、落語「強情灸」をご紹介。

<成立> 五代目古今亭しん生(1890[明治23]~1973[昭和48])や、三代目桂三木助(1902[明治35]~1961[昭和36])、八代目三笑亭可笑(1891[明治24]~1964[昭和39])らが、得意ネタとした。上方種の「やいと丁稚」を東京に移植したものという。

<内容> 江戸の長屋に住む男のところに、友達が、訪ねて来る。友達は、話題の「峰の灸」を据えてきたという。峰の灸の様子を語った後、おまえには熱くて堪えられないという。すると、そんなのは、なんでもないといい、目の前で自分の腕に山盛りに灸を持って据えはじめる。友達が心配してやめさせようとするが、かまわず、火を点けてしまい、石川五右エ門がかまゆでになったことや、八百屋お七が火あぶりになったことを引き合いにだし、灸なんか、なんでもないと我慢するが・・・・
灸の熱さに我慢しながらも、耐えかねて七転八倒する表情や様子が落語家の見せ所とか。

護念寺の建物と、由緒ありげな立派な鐘楼

11. 見晴らし台へ向かう道
この写真は2017年9月に行った時のもの。うっすらと紅葉し、竹ものびやかで美しい風景だった。2020年11月の時よりも良かったので、こちらを大きく掲載する。

護念寺所有の清浄園という霊園を眺めながら見晴らし台へ。広々とした山の頂にはトイレのある質素な休憩所がある。これは有難い。

12. 見晴らし台からの眺め


上大岡駅方面、みなとみない方面もよく見える。実に清々しい。天気の良い日は素晴らしい眺めが堪能できる。(これは3年前の写真)

13. 戻って、峰白山神社へ向かう



見晴らし台からの戻り道、不思議な石積みの石垣が続く。竹木が多く倒れていて、ちょっと荒れた感じ。また、大道路の下を登りながらくぐって行く。

幹線道路脇の坂を登る。

14. 峰白山神社

入口の鳥居のところで出会った男性が、台風で屋根が壊れてブルーシートが被せられていると教えてくれた。
社の脇にはいろいろな碑が置かれている。

15. 阿弥陀寺

峰白山神社から近い阿弥陀寺へは裏門から入った。門柱には「浄土宗 阿弥陀寺」と書かれている。

浄土宗の開祖 法然上人像が安置されている境内。最近多いコンクリートではなく、木造のせいか、しっとりとした佇まいだ。

法然は、往生の唯一の方法として、ひたすら「南無阿弥陀仏」を唱えることが必要と説いた。

16. 昼食(宴寿司にて)

大通りに面しているお寿司屋さん、ランチもやっている。この辺り見回しても、ほかに食事ができそうなところはなさそうだ。店の前にも案内標識があった。
17. 洋光台駅方面に戻っていく

洋光台は団地がたくさんあるベッドタウン、公園もたくさんある。洋光台五丁目公園は駅の反対側。

18. 軍茶利明王社と石仏・石碑群(ここは港南区です)


ここ軍茶利明王社(ぐんだりみょうおうしゃ)(左上の画像)をネットで検索してもこの場所は出て来ず、ほかの地域の軍茶利明王社が出てくるばかり。勇壮な名前のわりには小さな祠だ。
「軍茶利明王社は五大明王のひとつ、不動明王の仲間の社。功徳は怨敵退散、災難即滅。(いそごまちあるきガイド 平成19年10月)
そのすぐそばに石仏や石碑が集められている。ここは街中の車道道ぎわにある場所なので不思議な光景だ。全体写真のうちの右側の部分に接近して撮られている写真は「洋光台の石仏」http://koktok.web.fc2.com/070sekib_map/sakae/youkoudai.htm より拝借。後で分かったのだが、ここは港南区であり、日野共同墓地の入口とのこと。
19. 薬王寺

こちらも浄土宗のお寺。ここには市指定有形文化財「木造薬師如来立像」があり、その説明板に、「本像が永禄年間(1558-1570)に水田の中から出土したと「新編武蔵風土記稿」に記載されている。また、この「田中出現」が「田中」の地名の由来となったともいわれている」とある。この辺は田中村という地名だったそうだ。

ほかにも近くに歩いて行ける名刹がある。、村中地蔵、金山神社、田中神社、若宮八幡宮、笹下城跡など、そのうち行ってみたい。

そして、洋光台駅へ戻りました。

以上

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